お金・投資を学ぶ

利子の広がりが近代の銀行業につながった?利子の歴史を紐解く

親リッチおじさん

なぜお金を借りると利子がかかるのだろう

例えば、あなたがボールペンを友人から借りたとき、使った分のインクを注ぎ足して返しますか?
むしろ、インクを減らして返すのではないかと思います。

例えば、あなたが車を友人から借りたとき、使った分のガソリンを増やして返しますか?
大体の方は、ガソリンを満タンにして返す人が多い気がします。

前者はまるで利子をつけずに返していて、
後者はまるで利子をつけて返しているように見えます。

利子をつけたり、つけなかったり、それはどうして起こるのでしょうか。

お金はどうでしょうか。
私の場合は友人にお金貸しても、お金を増やして返してもらうことは考えていません。
友人間においては、そういう方が多いのではないでしょうか。

しかし現代において、お金を貸した利子を主な生業としてきた銀行業は世界各地で大きな事業として築き上げられています。

今週は、なぜ利子が生まれ、そして社会への影響を強めてきたのかを考えてみましょう。

利子に関する歴史的な世界各国での考え方

物々交換における利子の考え方

貨幣登場前は、地域における自給自足の物々交換によって経済がまわっていたと考えられます。
物々交換における経済において、利子は存在していたのでしょうか。

例えば、友人から牛のつがいを借りたならば、子牛が生まれる可能性があり、その子牛は友人のものであると考えるのが普通でしょう。
この場合には利子がついているのと同じ状態とも言えます。

ただ、これは稀有な例であり、この事実から銀行業の発展まで結びつけるのは、想像に難しいところがあります。

世界における利子の考え方

世界における利子の考え方は様々ありますが、主にヨーロッパにおいては、利子をタブー視する文化が多く見られました。
キリスト教をはじめ、労働なくして得る所得に対する考え方は歴史を通じて否定的なものが多かったのです。

とくに複利の考えは貸し手にとっては強力なツールですが、借り手を破産させるロジックとしても強力だからでしょう。

日本における利子の考え方

日本の百姓たちは神への捧げものとして米を保管し、百姓が困窮した際に貸し与えられた。そして、収穫後には借りた分よりも多い米を、神に返さなければならないとされていた。そのため、日本ではから利子を取ることはタブー視されなかったとされている。(wikipediaより)

利子はなぜ広まったのか

利子という仕組みが広がった背景として強いのは結局のところ、利子を払ってでもお金を借りたい人はいつの時代にもいたからです。

それに加えて利子が、タブー視されていたヨーロッパで利子が広がった背景としてはユダヤ系金融業者の力が大きいです。
旧約聖書では「貧者」と「同胞」への利子を禁じていますが、それ以外の異邦人からは利息を取ってもよいと明言されていたのです。
そのためユダヤ系金融業者は、非ユダヤから縦横無尽に利子をとって成長を遂げてきたと言われています。

それにより社会的なインパクトが無視できないほど大きくなった結果、近代の銀行業につながっていったのではないでしょうか。

現代に似ている

Fintech(金融×テクノロジー)が叫ばれるようになって数年になりますが、そんな現代も似ているのではないかと思います。

金融庁による規制がありますが、技術力や知識において規制を受ける民間企業が金融庁のそれを上回る状態が続いています。

こんななかで、市場のニーズを満たし、かつルールベース(日本ではモラルベースの考え方も重要だが)で、規制の影響をくぐり抜けるようなビジネスモデルが誕生し、社会的なインパクトが無視できないほど大きくなっていくことで、銀行業が生まれ発展したかのように、新たなる金融業が芽吹くかもしれません。

時代の流れは当時よりも圧倒的に早くなっていますから、我々がそれに直面する可能性は非常に高いのではないでしょうか。

この記事を書いた人
親リッチおじさん
親リッチおじさん
profile
親が裕福で、さまざまな支援を受けて育ったおじさん。両親または祖父母の資産が1億円以上の20-30代を"親リッチ"ということから、この名前に。株式、投資信託、外貨、ロボアド、QUOREAなど学生時代からさまざまな金融商品に触れてきた経験をもとに語ります。